アリ類カラー画像データベース

今井弘民・月井雄二・鵜川義弘・木原章・久保田政雄
近藤正樹・小野山敬一・緒方一夫・寺山守・R. W. Taylor

(アリ類データベース作成グループ))


  <目   次>                        
  1.まえがき                      
  2.ユーザーの視点から見た日本産アリ類分類の窮状    
  3.ユーザーによる日本産アリ類分類の総括的吟味     
  4.クリック方式による第一次アリ類画像データベース   
  5.リレーショナル方式による第二次アリ類画像データベース
  5-1.クリック方式の問題点             
  5-2.リレーショナル方式の採用           
  6.ユーザーからの反応                 
  7.アリ学入門データベース 「電子アリ絵本 」        
  8.遺伝学普及会からCD-ROM頒布            
  9.国際協力を視野に入れた世界のアリ類データベース構想 
  9-1.日本のアリだけでは世界に通用しない!     
  9-2.分類研究者は共同作業が苦手?         
  9-3.リレーショナル方式の弱点           
  9-4.素データ優先方式による            
  オーストラリア産アリ類検索データベース
  
  10.終わりに                      


1. まえがき
 画像データベースの特色は, 「見ればわかる 」ことにある。この単純な方式が,インターネットと結びつくこと によって,21世紀の生物分類学に新たな展開をもたらすと考えている。そこでは,分類標本画像群を色々な切り 口のインデックスで検索することにより,小学生からプロの分類研究者まで利用できるようになるであろう。

 かく言う私はアリ類染色体進化の専門家で,分類学の素人である。そんな私が「分類画像データベース」をう んぬんするものだから, 「分類の論文を10編ほど書いてから分類学を語りなさい 」などと,その道の権威からお叱 りを受けてしまった。

 確かに私は分類学の専門家ではない。しかし,アリ類分類のユーザーとしては30年のキャリヤーがある。学名 なしに染色体論文が書けないからである。素人がどうやって種の同定を...?心配無用,私には二人の強力なアリ類 分類の助っ人がついている。一人はオーストラリアCSIRO研究所名誉所員のR.W.Taylor博士,もう一人は日本蟻 類研究会会長の久保田政雄先生である。Taylor博士はハーバード大出身で,学位審査の時G.G. Simpson, E. Mayr, E.O. Wilsonにお墨付きをもらった経歴を持ち,現役時代にはアリ類分類の四天王の一人といわれた人物である。 一方久保田先生は,我が国のアリ学のパイオニア矢野宗幹の弟子で,アマチュアではあるが日本のアリ類分類の 重鎮である。だから門前の小僧ではないが,多少は分類の現場を見聞しているつもりである。

 こんな私から見て,分類学は生物学の根幹をなす重要な学問であると思っている。つまり種の分類・同定なしに, 染色体進化も今流行の分子進化も語れないからである。この事を認めたうえで,改めてユーザーの立場から分類学 を拝見すると,十人十色の分類体系・飽くなき新種記載競争 ・数百年も遡る執拗なプライオリティ追跡など,恐ろし く自己主張の強い後ろ向きな学問に見える。けなすつもりはないが,使い慣れた種名がコロコロ変更される現状を 見ると,「何でもいいからはっきり決めてよ」と愚痴をこぼしたくなる。種分類の混乱を防ぐために「命名規約」 があるが,これが動植物で異なり、それぞれ長い歴史の鎖に引きずられて,かえって混乱を招いている節もある。

 IT革命が叫ばれる昨今,21世紀にふさわしいハイテク分類学があってもよいと思う。「画像データベースはその 切札になりうる」と私は見た。何のしがらみもない分類の素人の方が,かえって大胆な提案ができるだろう。と言 っても伝統ある分類学に口を挟むつもりは毛頭ない。ただ分類学の混乱の多くが,情報処理と情報開示の効率の悪さ に起因すると思われるので,分類情報をデータベース化し,インターネットを通じて広く世界に公開したらどうかと 思った次第である。

 我が国は残念ながら分類学の後進国である。しかし,電子産業の分野ではそれほど世界に後れてはいない。この利 点を活かし,我々の手で画像を中心とした分類データベースのシステムを構築できれば,我が国が21世紀の分類学 の分野でイニシアチブをとることも夢ではないだろう。これが私のもう一つのねらいである。

 この機会に,私の深くかかわった 「アリ類画像データベース 」のシステム構築過程を振り返り,分類学における画像 データベースの潜在的可能性と山積する問題について私見を述べたい。


2. ユーザーの視点から見た日本産アリ類分類の窮状
 分類の専門家は自然分類に基づいた体系的整理に腐心するだろうが,ユーザーの多くは自分の研究した種の学名がわかれ ばよい。ユーザーにとって安直なしかしベストな方法は,分類の専門家に種名を聞くことである。しかし,聞きたくても専 門家がいない場合は?博物館で標本を見ればよい。なるほど,しかし博物館に標本がなかったら?原記載論文を見ればよ い。なるほど,しかし...。察しの通り,その最悪の事態が日本産アリ類で生じたのである。

 アリ類は,人と同じく高度な社会生活を営み我々の生活圏に密着して棲息するため,社会的関心が高く種の同定依頼の多 い昆虫である。しかし日本には,矢野宗幹・寺西暢・安松京三の大先達以降つい最近までアリ類分類のプロが不在であっ た。このため日本産アリ類のタイプ標本はほとんど欧米の博物館に所蔵されており,日本の博物館には参照標本すら満足な ものがない。加えて文献も入手困難である。と言う訳でつい最近まで極普通のアリの学名もわからない状況であった。


3. ユーザーによる日本産アリ類分類の総括的吟味
 1988年,日本のアリ類分類学の窮状を打開するため,アリ類同好会である日本蟻類研究会(通称アリ研)のメンバーを中心 に,当時アリ研仲間に知られていた種に名前をつけ,和名一覧をまとめた。引き続き,検索と解説(I, II, III),県別分布図お よび文献目録を順次刊行した(1989-1994)。こうしてアマチュアとセミプロの若手分類研究者の共同作業により,ようやく日 本産アリ類262種の体系的な整理ができた。当初これらのテキストにカラー写真を加え, 「日本産アリ類図鑑 」を出版する予定 であった。しかし,時代はすでにインターネットによる広域 ・高速情報通信社会へ突入していた。


4. クリック方式による第一次アリ類画像データベース

 1994年,私の勤務する遺伝研には,DNAの世界的データベースバンクDDBJが稼働していた。誰でも自由に自分の解析した DNA塩基配列を登録し,インターネットで誰でも自由に検索できる。この理想的なデータベースシステムをアリ類の分類検 索にも応用できたら。これがきっかけであった。ただDNAは文字情報であるが,アリの場合は高密度のカラー画像情報を高 速で送受信する必要がある。これは,当時未知の領域であった。

 運良くDDBJの鵜川義弘君(宮城教育大)が,彼の仲間月井雄二氏(法政大)と木原章君(法政大)と共に画像データベースのシス テム構築に参加することになった。

 データベース作成には,素データ(文字テキストと画像)と素データのディジタル化およびシステム構築(インデックス,画 面レイアウト,検索等)が必要である。このうち,素データはすでに完成していた。文字テキストは,印刷原稿用に 「一太郎 」 でディジタル入力してあった。またカラー画像は,スライド原板をKodakのPhotoCDで簡単にディジタル化できた。つまり必 要な素材はすでにそろっていて,後はシステムを構築するだけであった。

 システム構築には,当時実用化したばかりのインターネットを利用したホームページ方式を採用することにした。月井氏 の不眠不休の驚異的な頑張りで夏休み一ヶ月の間に基本骨格が完成し,1995年1月から 「日本産アリ類カラー画像データベー ス 」として公開を始めた。質・量共に時代をはるかにリードした出来栄えだったので,ホームページ紹介雑誌に米国のNASA に次いで第二位にランクされたほどである。その後,鵜川・木原両君の努力で1996年2月にWindows, Mac, UNIXのいずれでも 見ることのできるCD-ROM版が完成し,宣伝をかねて学会や研究者に約一千枚配布した。

 第一次アリ類画像データベースのシステムは,現在ホームページの基本的作り方として定着しているHTML方式を採用して いる。インデックスとしての文字や画像をクリックすると,それにリンクしてある素データの文字列や画像が呼び出され表 示される仕組みである。基本レイアウトは,まずそれぞれの種について,学名 ・和名 ・画像 ・種の記載 ・分布 ・文献 ・シノニム等 の分類学的情報を網羅したファイル(電子アリ図鑑)(例:アズマオオズアリ, http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/Taxo_J/F40602.html) を作成しておく。次に,検索用の各種見出しインデックス(亜科 ・属 ・種 ・画像 ・文献等) (http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/Index/iMenu.html)を用意し,各インデックスに該当する単語群をアルファベット順 または五十音順に並べ,それぞれ関連する項目にリンクを張る(例:種名一覧・和名順, http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/Index/Species.html)。このリンクは手作業で,どこにどうリンクさせるかが,システム 構築者の腕の見せ所である。



5. リレーショナル方式による第二次アリ類画像データベース

5-1.クリック方式の問題点
 95年版データベースは芸術作品並のできばえであったが,二つの問題を抱えていた。一つは,90年代に入って世界のアリ 類分類の整備が進んだ結果,80年代に確認した日本産アリ類262種のうち半数近くについて,学名変更あるいは新種記載の必 要が生じたことである。もう一点,世界に先駆けて作ったデータベースが日本語なので,外国人が利用できないことであっ た。国際社会で日本がイニシアチブをとるためには,どうしても国際語としての英語版のデータベースを作成する必要がある。

 そこで,緒方一夫君(九大) ・小野山敬一君(帯広畜産大) ・寺山守君(東大)の若手分類研究者を叱咤激励して,種の記載の英訳 を敢行した。英文校正をTaylor氏に依頼したが,英訳は日本人にとって容易ではない。しかもデータベースは研究業績として 認められないので,彼らにとって大変過酷な作業となった。しかし二年の歳月を費やしてついに完成した。それは,単なる 英訳ではなく,最新のアリ学の成果を取り入れた英訳改訂版になった。

 喜びもつかの間システム構築の段になって,予期せぬ問題が生じた。先に触れたように,95年版データベースのシステム は手作業でリンクを張る方式である。一方英訳は内容の改定を伴っていた。従ってリンクの張り方を変更する必要がある が,クモの巣のように張られている数万を越えるリンクを日本語と英語の二系列について正確に張り替えることは,絶望的 であった。つまりクリック方式は,情報量が少ないデータベースでは実に優れた方式であるが,大容量の複雑な情報を含む データベースには不向きである。素データの改変を自動的に一括変換することが原理的に難しいのである。

5-2.リレーショナル方式の採用

 そこで木原君の開発したリレーショナル方式を採用して,システムを再構築することになった。この方式では,まずTaxon毎 にFコードと呼ばれる五桁の通し番号(F10101)を付けて基準インデックスを作成する。Fコードは,亜科 ・属 ・種が階層構造を 保ったまま同一インディックスで処理されるため,階層間の移動が自在になり種の検索に威力を発揮する。次に,このFコード のもとに学名,和名,種 ・属 ・亜科の記載,分布,文献,シノニム等の分類学的素データをファイルメーカで体系的に整理しておく。 これと別に,画像の基準インディックスとしてPhotoCD番号を設定し,標本データと撮影データを整理する。

 これらの素データをリレーションすることで,各種検索インデックスに対応したHTMLの自動生成が可能になる。リレーショ ナル方式では,素データを呼び出すときリンクが自動生成されるよう工夫されているため,素データの改変が英文 ・和文を含め て随意にできる。このため,改定の激しい分類データベースにはより適した方式である。こうして,1998年8月1日付けで英訳 改訂版(http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/HTMLS/ANT.HTM)をインターネット上に公開し(98年版),同時にCD-ROM版を作 成した。クリック方式の極限を極めた旧版は,95年版(http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/HTMLS/ZUKAN.HTM)として保存 することにした。ユーザーの目には両者の違いはそれほど感じられないと思うが,背後のシステムは本質的に異なっているの である。



●日本産アリ類カラー画像データベースのホームページ


6.ユーザーからの反応

 英訳により,日本産アリ類画像データベースは世界のどこからでもアクセスできるようになった。当然海外からの アクセス数(http://www.edb.miyakyo-u.ac.jp/stats/Ant.html)は増加し,2000年8月末までの総アクセス数 は一千万回を越えた(11,404,391回,海外比率60-70%)。また月間アクセス数も8月は過去最高の97万回(国内 52万回)に達した。アリの分類 ・検索という地味なデータベースがかくも人気を博す理由は,優れた操作性と高画質 のカラー画像にある。全262種について背面 ・側面 ・正面の三方向から撮影した画像は眺めるだけでも楽しい。しかも それらは,分類学的に重要な種の鍵形質が見えるよう注意深く撮影してあるので,分類の専門家も利用することが 可能である。画像撮影は私と久保田先生が担当した。分類の素人の私が,画像データベースの心臓部を担うことが できたことに,ある種の誇りを感じている。



●アリ類データベースへのアクセス数


7.アリ学入門データベース 「電子アリ絵本 」
(http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/INTRODUCTION/Gakken79/title.html)

 実はインターネットを通じてアクセスしてくる大多数のユーザーは,アリ類分類に全く関係のない人々である。理由は, クリックするだけで次々に素晴らしいカラー画像が展開するゲーム的面白さと奥の深さにあった。動機はともかく,画像に は人々を引きつける魅力がある。そこで,絶版になっていた学研の 「写真図鑑・アリ 」を関係者の許可を得て 「電子アリ絵本 」 として丸ごとディジタル化した。同時に完全英訳を行い,初心者向けのアリ学入門として日英二カ国語でデータベースに加 えた。



「電子アリ絵本 」

 原本は小学生高学年向けのアリの絵本である。これをクリックするだけで絵本をめくる感覚で見ることができるようにし, さらに登場するアリの名前をクリックすると本体の電子アリ図鑑に飛ぶよう工夫した。このため,アリ学入門で楽しくアリの 勉強をしながら,随時本格的なアリ類分類にも触れることができるようになった。電子アリ絵本は,絵本の写真がプロの昆虫 写真家(栗林慧氏)の素晴らしい生態写真だったこともあり人気を呼び,国内外を問わず小学生から主婦までユーザーの層を広 げることになった。

 特に米国からのアクセスの多くがこのサイトに集中した。米国のハーバード大学にはアリ学の世界的権威E.O.Wilson教授が いて,アリ学のバイブル 「The Ants 」(1990)が出版されている。しかし不思議なことに,一般向けのアリ学の啓蒙書は皆無で ある。このため,米国の一般ユーザーはインターネットで日本のアリのサイトを検索して,電子アリ絵本にアクセスしてくる のである。日本はこれと対照的で,小学生向けの絵本は充実しているが,学術研究用の専門書がほとんどない。いずれも健全 な科学の発達にとって好ましいとは言えない。この点アリ類画像データベースは,画像を仲立ちして検索インデックスを工夫 することにより,初心者から専門家まで使えるデータベースの構築に成功したと考えている。


8.遺伝学普及会からCD-ROM頒布
(http://ant.edb.miyakyo-u.ac.jp/CD-ROM/haifu.html))

 CD-ROM版は,前回は研究の合間に自分達でユーザーに配布したが,配送の経費がかさみ手間も大変であった。そこで今 回は,財団法人遺伝学普及会から教育普及事業の一環として,一部1000円で頒布してもらうことにした。すでに600部ほど 注文がきたが,ユーザーの多くは小 ・中 ・高等学校教員(生物実習用),環境アセスメント会社などの企業および研究者であった。

 最近VISAカードを利用して海外からのCD-ROM申し込みもスタートさせたが,反応はさっぱりである。インターネットで の電子取引にトラブルが多いので,FAXで申し込む方式を採用したのがユーザーに敬遠されたのかもしれない。これに対して 国内では,FAX申し込みの郵便振替支払いが定着しているようである。

 将来的にはCD-ROM頒布を遺伝学普及会だけでなく博物館の売店での販売もできたらと考えている。データベースは,シス テム構築以外にも維持管理に結構資金が必要である。今までは文部省の科学研究費などで賄ってきたが,そういつまでも援助 してもらうわけにもいかない。もしこれらの事業が軌道に乗って余剰がでれば,長期的な視点にたって,データベースの維持 管理や後続データベースの支援が可能になる。


検索結果の表示例(1)



9.国際協力を視野に入れた世界のアリ類データベース構想

 9-1.日本のアリだけでは世界に通用しない!
 98年版アリ類画像データベースは,国内外から多くの反響があり,この手のデータベースとしては大成功と見てよいと思 う。しかし,世界に一万種知られているアリ類に比較して,日本産262種はあまりにも少ないし,種の構成も偏っている。苦 労して英訳しても,大多数を占める米国ユーザーにはあまり参考にならない。両国に生息するアリの種類が異なるためであ る。将来的には,世界の主要な国のアリ類のデータベースを立ち上げて,全体を日本産アリ類のデータベースのシステムで ドッキングさせ,世界のアリ類データベースを構築したいという夢を持っている。

 大風呂敷と批判されることもあるが,十分実現可能な話である。と言うのは,世界のアリ一万種の内よく目に触れる普通 種は,せいぜい数百種多くて千種である。この位の種数であれば,標本さえ手に入れば二三年内に画像撮影を終えることが できる。後は,各国のアリ類分類研究者に協力してもらい,分類情報をディジタル入力してもらえばよい。そのモデルとし て目下オーストラリア産アリ類検索データベースを推進している。

 9-2.分類研究者は共同作業が苦手?
 分類研究者は,種分類に独自の見解をもっており,独自の分類体系を作りたがる性癖がある。また新種記載競争からどう しても抜けきれない。このため,第一次アリ類データベース作成にあたって,アリ研長老の森下正明(故人) ・久保田政雄両先 生の名のもとに一つの紳士協定を結んだ。それは,1988年時点で各自が所蔵していた新種候補のアリについて,プライオリ ティの保証と引き換えに秘蔵標本を公開することであった。この場は何事もなく済んだが,98年の改訂版で新種を登録する 段になって,この協定は脆くも破られてしまった。一人が,自分の担当を越えて猛烈なスピードで新種記載を始めたのであ る。先を越された仲間の抗議に対する言い分は, 「紳士協定はせいぜい一 ・二年であり,それを越えていつまでも記載しない のは,日本のアリ学の発展にとって好ましくないので,自分が代わって記載した 」というものであった。一理あるが,仲間割 れは必至である。この件があって,98年版の中身は抜本的に改訂できなくなった。その後私の提案で,まだ残されていた未 記載種について改めて担当を決め,アリ研の同好会誌の特別号に全新種を記載し(1999)ようやく新種記載競争にケリがつい た。これで2001年に予定している改訂版に向けて分類サイドの準備ができた。

 9-3.リレーショナル方式の弱点
 前述のリレーショナル方式は大変素晴らしいが,実は二つの弱点がある。まず,すべての基準になるFコードを作成する必 要があるが,分類研究者の見解の違いによりFコードが三者三様なことである。第二は,システム構築がシステム考案者本人 しかタッチできず,マニュアル化できないことである。

 マニュアル作りの問題に関しては,最初アリ類分類担当者が自分たちで将来的にデータベースの改訂ができるように,シ ステム構築者からマニュアルを作ってもらう約束であった。またマニュアルがあれば,アリをマウスに入れ替えれば,即マ ウスのデータベースができると期待していた。しかし,素人には理解しがたい複雑な操作があるようで,それが生物素材ご とに異なっていて,いまだにマニュアルができない。リレーショナル方式も,結局は,システム構築者の名人芸に終わりそ うである。これはシステム構築者の負担を重くし,一方素データを提供する側としては,自分たちの手で素データの改編が できないことに不満と不安を抱くことになる。

  9-4.素データ優先方式によるオーストラリア産アリ類検索データベース
  (http://nighimai.lab.nig.ac.jp/AZ/Australia/index.html)
 素データ優先方式は鵜川君が考案した方式で,分類研究者が自分たちの慣れ親しんだ方式でデータベース作成に参加でき るよう工夫されている。この方式を,世界のアリ類データベースの第一段である 「オーストラリア産アリ類検索データベー ス 」に採用することにした。米国でなく豪州のアリを選んだのは,私が30年間アリ類分類のエキスパートR.W.Taylor博士と共 にオーストラリアのアリの染色体を研究してきたことによる。

 Taylor博士は,1987年にオーストラリア産アリ類チェックリストを出版した。約2000種のアリの学名 ・シノニム ・文献 ・ 採集地等を整理し,アルファベット順に並べたリストである。彼は当時としては大変斬新な発想を持っていた。それはチェッ クリストをパソコンに取り込んで,検索できるようになっていた。一種のデータベースであるが,検索文字列に該当する項目 の色が反転するだけの極めて初歩的な代物であった。

 そこで鵜川君は,Taylor博士のチェクリストをCATMASTER (http://nighimai.lab.nig.ac.jp/AZ/Australia/ PART1.doc.html)とし,これに各種検索インデックスを組み込み,CATMASTERから該当する文字列を全文検索し, アルファベット順に整列させる方式を考案した。この方式はFコードを必要としない。分類研究者が従来の方式で作成した チェックリストをそのまま素データとして利用できる。リストの総ての分類情報を一定のキイワード(Synonymy:,Current combination:等)で表記しておき,必要な文字列を検索抽出するだけである。ただし,混乱を防ぐためCATMASTERは 分類担当者本人だけが改訂できるようにした。この方式は,どんなに分類内容が改訂されても,表記が規則に従っているかぎり, 検索が可能であできる。分類担当者が改訂したCATMASTERをインターネットによりシステム管理者の元に送ることにより, 即検索データベースのバージョンアップができるのである。素データ優先方式は,分類研究者の主体性が確保され自由度が 高い点,リレーショナル方式より優れている。

 チェックリストの機能はこれでよいとして,検索されたアリの学名リストは,一般ユーザーにとって何とも無味乾 燥な文字列である。ここで再びアリ類画像が登場することになった。私と久保田先生が担当して,各属の主立ったアリのカラー 画像を背面 ・側面 ・正面の三点セットで撮影し,すでに140種433枚のPhotoCDカラー画像(http://nighimai.lab.nig.ac.jp/ AZ/PCD2URL.htm)と撮影データを入力した。撮影された画像には必ず元になった標本を保存し,その分類学的データを画像に 添付する必要がある。これらのテキストデータはファイルメーカーで一括管理し,その変更は私自身でできるようにした。 これは画像版のCATMASTERで,これを変更してインターネットでシステム構築者に送ると,即画像データベースのバージョン アップができる。裏で働いているシステムはわからないが,システム構築に参加しているという実感が湧いてとても楽しい。



オーストラリア産アリ類検索データベース
http://nighimai.lab.nig.ac.jp/AZ/Australia/index.html


10.終わりに

 今まで三つの方式(クリック方式,リレーショナル方式,素データ優先方式)によるデータベースにかかわってきたが,それ ぞれ特色がある。重要なことは,これらの方式が相容れないものではなく,相補的に使うことができることである。目的に応 じて随時最適のシステムを採用してゆくのが賢明かと考える。今後,素データ優先方式を核にして,世界のアリ類画像データ ベースの構築を目指してゆくつもりである。