9.国際協力を視野に入れた世界のアリ類データベース構想
9-1.日本のアリだけでは世界に通用しない!
98年版アリ類画像データベースは,国内外から多くの反響があり,この手のデータベースとしては大成功と見てよいと思
う。しかし,世界に一万種知られているアリ類に比較して,日本産262種はあまりにも少ないし,種の構成も偏っている。苦
労して英訳しても,大多数を占める米国ユーザーにはあまり参考にならない。両国に生息するアリの種類が異なるためであ
る。将来的には,世界の主要な国のアリ類のデータベースを立ち上げて,全体を日本産アリ類のデータベースのシステムで
ドッキングさせ,世界のアリ類データベースを構築したいという夢を持っている。
大風呂敷と批判されることもあるが,十分実現可能な話である。と言うのは,世界のアリ一万種の内よく目に触れる普通
種は,せいぜい数百種多くて千種である。この位の種数であれば,標本さえ手に入れば二三年内に画像撮影を終えることが
できる。後は,各国のアリ類分類研究者に協力してもらい,分類情報をディジタル入力してもらえばよい。そのモデルとし
て目下オーストラリア産アリ類検索データベースを推進している。
9-2.分類研究者は共同作業が苦手?
分類研究者は,種分類に独自の見解をもっており,独自の分類体系を作りたがる性癖がある。また新種記載競争からどう
しても抜けきれない。このため,第一次アリ類データベース作成にあたって,アリ研長老の森下正明(故人) ・久保田政雄両先
生の名のもとに一つの紳士協定を結んだ。それは,1988年時点で各自が所蔵していた新種候補のアリについて,プライオリ
ティの保証と引き換えに秘蔵標本を公開することであった。この場は何事もなく済んだが,98年の改訂版で新種を登録する
段になって,この協定は脆くも破られてしまった。一人が,自分の担当を越えて猛烈なスピードで新種記載を始めたのであ
る。先を越された仲間の抗議に対する言い分は, 「紳士協定はせいぜい一 ・二年であり,それを越えていつまでも記載しない
のは,日本のアリ学の発展にとって好ましくないので,自分が代わって記載した 」というものであった。一理あるが,仲間割
れは必至である。この件があって,98年版の中身は抜本的に改訂できなくなった。その後私の提案で,まだ残されていた未
記載種について改めて担当を決め,アリ研の同好会誌の特別号に全新種を記載し(1999)ようやく新種記載競争にケリがつい
た。これで2001年に予定している改訂版に向けて分類サイドの準備ができた。
9-3.リレーショナル方式の弱点
前述のリレーショナル方式は大変素晴らしいが,実は二つの弱点がある。まず,すべての基準になるFコードを作成する必
要があるが,分類研究者の見解の違いによりFコードが三者三様なことである。第二は,システム構築がシステム考案者本人
しかタッチできず,マニュアル化できないことである。
マニュアル作りの問題に関しては,最初アリ類分類担当者が自分たちで将来的にデータベースの改訂ができるように,シ
ステム構築者からマニュアルを作ってもらう約束であった。またマニュアルがあれば,アリをマウスに入れ替えれば,即マ
ウスのデータベースができると期待していた。しかし,素人には理解しがたい複雑な操作があるようで,それが生物素材ご
とに異なっていて,いまだにマニュアルができない。リレーショナル方式も,結局は,システム構築者の名人芸に終わりそ
うである。これはシステム構築者の負担を重くし,一方素データを提供する側としては,自分たちの手で素データの改編が
できないことに不満と不安を抱くことになる。
9-4.素データ優先方式によるオーストラリア産アリ類検索データベース
(http://nighimai.lab.nig.ac.jp/AZ/Australia/index.html)
素データ優先方式は鵜川君が考案した方式で,分類研究者が自分たちの慣れ親しんだ方式でデータベース作成に参加でき
るよう工夫されている。この方式を,世界のアリ類データベースの第一段である 「オーストラリア産アリ類検索データベー
ス 」に採用することにした。米国でなく豪州のアリを選んだのは,私が30年間アリ類分類のエキスパートR.W.Taylor博士と共
にオーストラリアのアリの染色体を研究してきたことによる。
Taylor博士は,1987年にオーストラリア産アリ類チェックリストを出版した。約2000種のアリの学名 ・シノニム ・文献 ・
採集地等を整理し,アルファベット順に並べたリストである。彼は当時としては大変斬新な発想を持っていた。それはチェッ
クリストをパソコンに取り込んで,検索できるようになっていた。一種のデータベースであるが,検索文字列に該当する項目
の色が反転するだけの極めて初歩的な代物であった。
そこで鵜川君は,Taylor博士のチェクリストをCATMASTER (http://nighimai.lab.nig.ac.jp/AZ/Australia/
PART1.doc.html)とし,これに各種検索インデックスを組み込み,CATMASTERから該当する文字列を全文検索し,
アルファベット順に整列させる方式を考案した。この方式はFコードを必要としない。分類研究者が従来の方式で作成した
チェックリストをそのまま素データとして利用できる。リストの総ての分類情報を一定のキイワード(Synonymy:,Current
combination:等)で表記しておき,必要な文字列を検索抽出するだけである。ただし,混乱を防ぐためCATMASTERは
分類担当者本人だけが改訂できるようにした。この方式は,どんなに分類内容が改訂されても,表記が規則に従っているかぎり,
検索が可能であできる。分類担当者が改訂したCATMASTERをインターネットによりシステム管理者の元に送ることにより,
即検索データベースのバージョンアップができるのである。素データ優先方式は,分類研究者の主体性が確保され自由度が
高い点,リレーショナル方式より優れている。
チェックリストの機能はこれでよいとして,検索されたアリの学名リストは,一般ユーザーにとって何とも無味乾
燥な文字列である。ここで再びアリ類画像が登場することになった。私と久保田先生が担当して,各属の主立ったアリのカラー
画像を背面 ・側面 ・正面の三点セットで撮影し,すでに140種433枚のPhotoCDカラー画像(http://nighimai.lab.nig.ac.jp/
AZ/PCD2URL.htm)と撮影データを入力した。撮影された画像には必ず元になった標本を保存し,その分類学的データを画像に
添付する必要がある。これらのテキストデータはファイルメーカーで一括管理し,その変更は私自身でできるようにした。
これは画像版のCATMASTERで,これを変更してインターネットでシステム構築者に送ると,即画像データベースのバージョン
アップができる。裏で働いているシステムはわからないが,システム構築に参加しているという実感が湧いてとても楽しい。